名前

名前は不思議だ。誰が空から降ってくる液体に雨と名付けたのだろうか。偉い人が「これは雨です」と言ったわけではないだろうになぜ人々はこれを受け入れたのだろうか。実際のところは何か雨の元になる単語がありそれが紆余曲折を経て今の形になったのかもしれない。不思議だ。名前には力があると思う。魔力とも言えるかもしれない。例えばお弁当には必ず入っているバラン。緑色をした草むらみたいな形のアレだ。バラン、という名前を知らなければそれは「緑色のアレ」にすぎない。なので気にも留めないし記憶にも残らない。けれど名前を知ることによってそれははっきりとその人の世界に登場することになる。今まであやふやだった存在がはっきりとした輪郭を持つようになる。物事の名前を知ることは世界の解像度を上げることだ。世界の解像度が上がると日々の生活が楽しくなる。物事を学ぶことは世界の解像度を上げる。自分の興味のあるまだ見ぬ世界を学ぶのもいいけれど自分の興味とは真逆の分野を学ぶことも忘れずにいたい。自分の興味のある分野ばかり学んでいては視野が狭くなる。近くばかり見ていると目のピントが合わなくなるのと同じだ。その分野での解像度を上げるためにはなるべく遠い分野も覗くと良い気がする。自分は好きなものだけを追求しすぎてしまう節がある。いろいろ分野を少しだけ追求する、というのは中途半端だし味気ない。なので好きな分野を追求する力の20%くらいの力で自分の興味とは遠い分野も追っていけるといいなと思う。